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日本の城跡からベネチアのレースグラスが出土されたのはご存知でしょうか。

僕自身も小西さんにお会いして始めて知りました。

出土は現在の東京都八王子市、かつて北条氏の軍事拠点であった八王子城の発掘調査の時でした。

城の建立は1587年。悲運にも小田原征伐の一つとして、豊臣軍勢1万5000兵に攻められ

3年にも満たずに落城。この攻防に北条氏は敗北、のちの領主、徳川家康によって廃城されました。

八王子城戦は一夜にして決をなし、宝物品の破壊も免れませんでした。


市教育委員会は、環境整備事業の一環として、平成4年度・平成5年度(1992年・1993年)に

城主北条氏照の居館があったと考えられる御主殿の発掘調査を実施しました。

この発掘調査で出土したのがベネチア産のレースガラス器です。

このレースガラスがどのように北条氏の元にたどり着いたか、決定的な歴史的証拠はありません。

しかし、輸入宝物譲渡の事実はこのようにして記述されています。


・天正8年3月、(八王子城主)氏政・氏照は使者として、笠原越前守康明、

間宮若狭守綱信を信長のもとに派遣している。

・9日に本能寺で鷹と馬を贈り、翌10日に白鳥や海産物、酒などを持って再び参上。

・織田家の息女を氏直へ輿入れさせ、両者が縁組をすることで後北条氏を通じて

関東八州の御分国化を図りたいといったものであろう。

後北条氏は、信長政権のもとで関八州の支配の実現を目ざしていると考えられる。

・3月21日には、安土で信長は虎皮、縮羅(縮緬・絹織物)、猩々皮、

段子などの輸入品・高級品を氏政・氏照への引出物として贈っている。

つまりこのレースグラスは信長から北条氏へ送られた可能性もあるというのです。

あくまで憶測ではありますが、出土品は歴史のロマンを感じさせてくれる重要な手掛かりです。
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↑ 再現された小西氏作のレース杯
さて、この出土品のベネチアングラスの破片を元に、八王子市は小西さんに再現制作を依頼したのでした。

実物を見たときは本当にシビれました。

もちろん、16世紀のレースグラスの製作方法は未だ謎に包まれているそうですが、

技術の継承の意義性を強く感じさせてくれました。

モノを作る事ができない自分はただただ驚くばかりで、

小西さんのガラスに対する直向きな心をより深く理解できた気がします。

歴史文化は直線上で現代につながっています。

ものを紐解くのは歴史であり、現代は未来を担っています。

主に古いものを扱うアトラスですが、歴史は未来を内包し、

現代の僕たちは歴史を内包し、そして、もちろん未来も内包していると実感します。

それは工芸や芸術にとどまらず、様々な視点に置き換えられる一つのバイアスなのかもしれない。

そんな風に感じているところです。

それでは、今日はこの辺で。またすぐに。

Oct 24 2018
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